高松地方裁判所 平成2年(ワ)449号 判決 1993年2月16日
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
理由
一 請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二 《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。
1 ウォークは、被告の関連企業として、昭和六〇年一二月一八日に設立された会社であり、各種教材用ビデオカセットの販売、ビデオソフトの制作販売、放送番組の企画製作及び販売、放送コマーシャルの企画製作等を行なうとともに、広告代理業務を行なうことを事業目的とし、昭和六三年二月一日、被告との間で基本代理店契約を締結し、他の広告代理店とともに被告の放送するコマーシャルを取扱う広告代理店の立場にあつた。
ウォークと被告との代理店契約に際しては、被告の営業課長が出向き、ウォークの従業員に対し、放送基準等について説明し、広告取扱いについての注意などの講義をした。
ウォークにおいては、このような基準等を念頭において、広告等の取扱いをして、明らかな誇大広告の類は代理店段階でチェックされたが、判断が微妙なものや疑問のあるものを含めて代理店で明確に判断しにくいものは、被告の判断に委ねることとしていた。
被告に対するコマーシャル放映の申込みは広告代理店からなされていたが、このように、広告主や内容について明らかに不当なものは、すでに広告代理店において除かれていた。
2 被告のコマーシャル契約の窓口は営業課で、広告主自体に問題がないと判断した場合には、放送枠を管理する業務推進部がその放送時間の枠取りをした。
営業課では、放送期間、時間、素材、料金について検討し、広告代理店との対外的な交渉、調整などをしていたが、関連法規や放送基準等に照らした当該放送素材の適不適の判断は、常識的な範囲で営業課において行ない、営業課において判断に迷う場合について編成部の考査を求めることとしていた。
このような過程で、従来、放送基準に照らして不当と思われる広告の排除や表現の修正を申し入れる等の事例があつた。
電力会社の原子力発電関係のコマーシャルのうち一方的に安全を宣伝するものについては、従来、民放連においても、意見広告として、文言等きわめて慎重に取り扱うべきものとされており、被告もこれにそつて編成部が慎重に検討し、四国電力のコマーシャルについて「原子力は暮しを支える安心エネルギー」との表現から「安心」の部分を削除するなどの修正を指示したことが何度かあつた。
3 原告は、平成元年六月末ころ、ウォークが企画開催したガレージセールに無農薬野菜の販売会社として出店を要請されたのを契機に、ウォークとの間で、被告のテレビ放送で原告のスポットコマーシャルを放映することを依頼する旨の契約をなした。
その際、原告は、ウォークから、被告のスポットコマーシャルは一本一万円が相場であるが、長期に継続するなら、一か月五万円で六本以上放送できること、放送内容は被告が承諾する必要があること等の説明を受け、了解した。
そこで、原告は一か月五万円で長期に放送を依頼することとし、原告の意向を入れたテロップ等の放送素材の制作や具体的な放映時間の設定等を含めて、ウォークに被告との契約締結を委ねた。
なお、原告が放送を中止したいときには、その旨申し入れれば中止できるとの説明であつたが、被告からの中止については特段の説明はなかつた。
4 テレビ番組の改定時期は、毎年一月、四月、七月、一〇月に置かれており、このため被告は、番組編成及び料金改定等の必要があり、その間にコマーシャル等を挿入するので、被告と広告代理店とのコマーシャル放映契約も被告の三か月の番組予定表にあわせて三か月単位で行なつていた。
そして、ウォークは被告との間で、平成元年六月ころ、同年七月から九月までの三か月の間について原告のコマーシャルの放送契約を結んだ。
放送内容は、原告の意向に基づきウォークで作成した別紙三のテロップ画面にアナウンスを流すスポットコマーシャル(一五秒)を月六本、料金五万円で放映する内容で、そのころ被告の番組予定表に合わせて具体的な放送時間帯も決められた。
以後、同年九月ころには同年一〇月から一二月までの間の、同年一二月ころには翌年一月から三月までの、さらに平成二年三月ころには同年四月から六月までの間の契約が三か月ごとに次の三か月の契約が交わされた。
そして、ウォークは、被告との間で各契約の際の三か月の番組予定表に原告のコマーシャル放映時間が確定されたものを、原告に交付した。
この間、当初のテロップ画面が変更されることはなかつたが、平成元年一〇月一二日以降の分はアナウンスの内容が別紙四から別紙五に変更になり、平成二年二月二三日からは別紙六に、さらに平成二年五月四日からは別紙七のアナウンスに変更されて放映されていた。
このような変更については、原告がウォークに電話又はファクシミリで原稿を送つて変更の要求をし、ウォークとの間でアナウンス文言の調整等を行なうなどして確定稿を作成して、これがウォークから被告に申し入れられた。
5 平成二年四月にウォークに入社した植松は、原告の担当となり、同年五月末ころ、被告の営業部から提示された次のとおりの同年七月から九月の間の放送時間枠の案を原告に届けた(日付に付された<1>ないし<5>は、<1>が午前一一時三〇分から四五分までの間、<2>が午前一一時、<3>が午前一一時二五分、<4>が午前一一時三〇分、<5>が午前一一時四五分の放送時間を示す)。
七月 五日<3>、六日<4>、一二日<3>、一三日<4>、二〇日<2>、二六日<5>
八月 二日<2>、九日<2>、一六日<2>、一七日<5>、二四日<5>、三一日<5>
九月 六日<1>、一三日<1>、一四日<2>、二〇日<1>、二一日<2>、二八日<2>
原告はこれを了承し、そのころ、被告とウォークとの間でこの案にしたがつた七月から九月までの原告のコマーシャル放映契約がされた。契約料金、放送本数は従前と同様であり、この際の放送素材は別紙三のテロップと別紙七のアナウンスであつた。
6 同年六月八日ころ、原告は、植松に放送素材の変更を申し出て、原告を訪問した植松に対し、原告の使用している請求書、領収書等に書かれている図柄等を渡し、テロップとアナウンスの変更を依頼した。右の図柄には本件テロップに使用された図柄や「原発バイバイ」の文字が含まれていたが、原告からは、「原発バイバイ」の表示を入れることについて、特段の要求はなかつた。
植松はこれを持ち帰り、テロップを試作し、ファクシミリで原告に送り、原告から店の電話番号を入れるように等の指示を受けるなどして、これを修正し、同月一一日、別紙一の本件テロップを完成させた。
アナウンスは別途原告からウォークにファクシミリで送られた。
7 被告においては、放送素材はおそくとも放送の四日前までに広告代理店から直接、または営業デスクを通して編成部放送進行課CM受付担当係に搬入されることとされていた。そして、受付担当者はこの素材を確認して、疑問があれば課長に上げ、課長において編成部長に相談し、必要に応じて編成部内の考査に諮つて放送するかどうかを決めるものとされていた。
同月一二日、植松は、別紙二のコメント原稿と使用音楽を被告のCM受付に持ち込み、同日中に本件テロップも持ち込んだ。
被告のCM受付では、当日は担当の中西加代子が休暇であつたため、録音担当の栗三智子がこれを受領し、CM台帳に記入して保管し、翌日出勤した中西に手渡した。
担当者は、継続的なスポンサーであつたことやアナウンスの内容にも問題がなかつたことから、本件テロップについては十分確認しないままデスクに保管し、その後、アナウンスの音入れ作業が完了し、一八日、本件放送素材が技術局運行技術課に送られた。
そして、同月二一日及び二二日に本件放送素材による原告のスポットコマーシャルが放映された。
8 しかし、二二日の放送を見ていた中西が本件テロップの「原発バイバイ」の表示に気づき、編成部に相談し、同月二五日、編成部が検討して、放送基準に照らして不適当と判断し、ウォークに改稿の要請をした。
ウォーク代表者は、テロップにそのような表現が入つていることを知らなかつたが、すでに放送した素材でもあり、原告を説得する資料が必要であると答えたところ、翌二六日、被告から放送基準のコピーを示され、再度改稿要求がされたので、ウォーク代表者と植松が原告代表者に会つて、これを伝えた。しかし、原告代表者からは改稿を拒否された。
被告は、ウォークから原告が拒否しているので改稿には応じられないとの回答を受けたが、このままでは放映できないと考え、なお「原発バイバイ」の字句を削除できないかとの要求をし、ウォークは、これを受けて再度原告にその交渉をしたが、原告はこれを拒否した。
そこで、同月二九日ころ、ウォークは独自に検討した「放射能バイバイ」等の折衷案を原告に示したがこれも受け入れられなかつた。
また、七月二日には、被告が「原発を考えよう」なら断定的な意見広告ではないとの判断から、その旨の提案がウォークに伝えられ、改稿の要求がされたが、翌三日、原告はこれも拒否した。
9 そこで、同日、被告は、直接原告宛の改稿願をウォークに手渡した。右書面には改稿がされない場合、旧素材で放映する旨の記載がされ、ウォークに対し、本件放送素材でのコマーシャル放映を拒否する意思を示された。
同月四日、被告のCM担当者中西が旧素材の確認のためにウォークを訪れたが、ウォークは旧素材での放映は原告の意思に沿わないとしてこれを断つた。また、同日、原告代表者が被告を訪れ、「原発バイバイ」以外のいかなる放送も断わる旨述べた。
翌五日、ウォーク代表者が再度原告代表者の意思を確認したが、改稿を断わられた。この日放送分の原告の本件放送素材による原告のコマーシャルは放送されず、以後、原告のコマーシャルは被告において放映されていない。
以上の各事実を認めることができる。
三 そこで、右認定事実に基づき、双方の主張を検討する。
まず、原告は、原告及びウォーク並びに被告の間のコマーシャル放映契約が期間の定めのないものと主張する(請求原因2、3)。
コマーシャル放映契約は、広告主である原告の依頼に基づき、ウォークと被告との間に締結されるものであるが、右認定事実によれば、まず、原告とウォークとの間の契約に期限が付されていたと認めるべき事情はないから、この点については請求原因2のとおり、期間の定めなく右内容の契約が締結されたと認められ、被告の主張は理由がない。しかしながら、前記認定の被告の事情並びに契約の実情からすれば、ウォークと被告との間のコマーシャル放映契約は、三か月ごとに放映日時を特定して締結、更新されてきたものと認めるべきである。
そうすると、ウォークが原告からの継続的な依頼に基づいて(請求原因2)、被告との間で三か月ごとの契約を更新してきたものというべきであつて、被告との間で、請求原因3のような期間を定めないコマーシャル放映契約が成立したと認めることはできない。
したがつて、これを前提とする原告の主位的主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
そして、右によれば、予備的請求(請求原因5)のとおり、平成二年五月末ころに、同年七月から九月の間について具体的に日時を特定したコマーシャル放映契約(以下「本件契約」ともいう)が成立したものというべきである(この点は争いがない)。
四 右に成立した本件契約の放映素材は、別紙三のテロップと別紙七のアナウンスであつたところ、次に、これが本件放送素材に変更する旨の合意がされたかどうか(請求原因6)について検討する。
被告は、この点の合意の成立を否定し、仮に合意があつたとしても、錯誤に基づくもので無効である旨主張する(抗弁1)。
しかしながら、前記認定事実によれば、本件においては、広告代理店の製作した放送素材が正規の経路で担当部署に提出され、担当者がテロップの変更であることを認識しつつ、内容を確認しないでこれを放映したものであつて、被告が予期しない経路で放映を強要されたような事実も認められない。
この過程で広告代理店の担当者が十分な説明をしなかつたとしても、被告においては素材の変更を明らかに認識できたのであつて、手元にある変更テロップの内容も極めて容易に確認できたところ、これに対して十分な考査をするかどうかは、被告の内部の取扱いに過ぎず、これを放映するかどうか決定できる立場の被告が内容の確認もせずに放映した以上、被告としては内容を問わずその素材への変更を承認したことを対外的に表示したものと認めるほかなく、右説明不足を他に転嫁することは相当でない。
右認定判断によれば、被告は、本件放送素材への変更を承諾したものというべきであり、右の経過に鑑みると、この点に問題ない素材だと誤信した錯誤(抗弁1)があつたとしても、容易になしえたテロップの確認さえ怠つた結果の錯誤については、被告に重大な過失があるものと認めるのが相当である(再抗弁1)。
よつて、本件契約は、右により本件放送素材の放映契約に変更になつたというべきであり、錯誤により右変更の合意が無効である旨の被告の主張は、右のとおり理由がない。
五 被告は、本件契約は、平成二年七月から九月までの間、日時を特定してなされたものであるから、右日時経過とともに、履行が不能に帰したものであつて、本件契約に基づき、その履行として、本件放送素材の放映を求めることはできないものと主張する(抗弁2)。
たしかに、テレビ放送の性質上、契約期間の経過によつて、番組編成、コマーシャル編成、料金等には変動が生じるものであり、また、放送事業者は、番組編成権を有し、自らの放送内容を選択しうるものであつて、これを不当に侵害すべきでないこと等の事情を考えると、当該契約の効力は、その期間に限定されたものと見る余地がないではない。
しかしながら、当該放映が履行不能かどうかは、放送素材自体が時期の経過によつて全く無意味になるような場合を除けば、その履行自体を不能とすべき要素は見出せないのが通常であり、放送事業者において、契約を解除等することがなく自ら契約を継続させ履行の意思を有している限り、単に契約の放映時期が経過したのみでは、履行遅滞の状態にあるにすぎないというべきである。
そして、本件放送素材は、その内容からして期間の経過とともに意味を失うものとは認められないから、本件契約は履行不能ということはできない。したがつて、この点に関する被告の抗弁は理由がない。
六 被告は、さらに本件契約の解除を主張するので、この点について検討する。
被告は、コマーシャル放映契約を準委任類似の契約と解し、当事者においていつでも解除できる(民法六五一条一項)と主張する(抗弁3(一)(1))。
そこで、コマーシャル放映契約の性質について見ると、すでに認定した本件契約の内容及び弁論の全趣旨に照らせば、コマーシャル放映契約は、放送事業者の行なう放送中の一定の日時を特定し、特定の放送素材の放映をしてもらうことを内容とする契約であり、広告主はこれにより視聴者に対して一定の宣伝効果をあげることを目的とするものである。これを放送事業者から見ると、時間帯を区切つて行なう放送電波の売買的な側面があるものの、放送事業者自身の放映行為を要し、単なる電波の売買と観念するには適切でなく、また、コマーシャル放映により視聴者への宣伝効果を与えるという内容の仕事を行なう請負契約的側面も有するものであるが、そのような効果自体明確に把握できるものではないことからすると、これを契約内容に含めることにも疑問があるところであつて、それぞれの側面は有しながらも、その中心は、放送事業者が特定の者から委託を受けて提供された特定の放送素材をコマーシャルとして放映する事務を行なう準委任契約あるいは、準委任契約類似の無名契約と認められる。
そうすると、民法六五一条一項に則り、特段の事由がない限り、各当事者は何時でもこの契約を解除することができるものと解するのが相当であり、いずれの側からも事情の変化に伴う放送の要否及び内容の変更等の臨機応変な対処が要請される場合のあることが想定できる放送事業の性質上も、コマーシャル放映契約の拘束力をこの程度に解することは不当とはいえない。そして、これによつて損害が生じた場合には、損害賠償の問題として処理すべきである(民法六五一条二項)。
原告において放映契約の中止は何時でも申し入れることができると理解していたことは前記認定のとおりであるが、右のとおりの契約の性質に照らせば、被告とウォークという契約当事者双方に右解除権があるというべきである(なお、放映契約の準則として昭和四三年九月に制定された民放連の放映契約基準には、放送契約中の解約に関して、番組については六〇日前、スポットについては三〇日前までに文書による申し出ができること(第二五条)等の条項がある。しかし、民間放送の業界では、右解約期間が長すぎて実情に合わないことなどから、右準則はほとんど利用されず、予告期間を置く場合でも、多くの契約事例において期間が短縮され、実際には、準則に沿つた契約がされることなく、問題が生じるごとに協議による処理がされているのが実情であつて、右準則に沿つた処理をする旨の商慣行があるとも認め難い。そして、本件においても、このような準則にしたがう旨の合意があつたと認めることはできない)。
そして、前記認定事実に照らすと、被告は、七月三日ころまでには、本件素材での放送の拒絶を明確にし、契約解除の意思を表示したものと認めることができる(抗弁3(二))。
七 原告は、右解除の意思表示自体が公序良俗に反して無効であると主張する(再抗弁2)。
たしかに表現に自由や法の下の平等の憲法が保障する理念は私人間においても尊重されるべきものであり、事情によつては、一定の私法行為が公序良俗に反するものとなるというべきである。
しかしながら、本件の経緯に照らすと、前記認定のとおり、被告の重大な過失により、被告自身が放送事業者として行なうべき関連法規並びに放送基準等の検討を怠つたものの、後に疑問を感じて適当でないと判断し、修正を申し入れたものであつて、放送事業の公共的性格を考慮すれば、本件のような実質審査を経ていない場合に、後に問題点を確認して修正を求めることも不当とはいえない。
とりわけ原子力発電問題については、従来、民放連全体としても、電力会社の安全を断定するような表現も避けていたこと等に照らせば、被告が「原発バイバイ」の表現に検討の必要を感じたことも理解できるところであり、これを放送基準等に照らして許容するか否かは、右基準の性質上、権利の濫用にわたらない限り、放送事業者のなす自主的判断が尊重されるべきであるが、本件については、被告がまつたく原子力発電に否定的な趣旨のコマーシャル放映を拒絶して原告の表現を奪おうとしたものでなく、「原発を考えよう」といつたその趣旨を伝えうる修正案も示されたことなど、本件解除の意思表示までの交渉経過に照らせば、頑くなな修正拒否に対して被告が放映契約の解除を選択した点について、右解除権の行使が公序良俗に反して無効になるほどの事情があるとは認めることができない。
よつて、原告の右主張は採用できない。
八 以上の認定判断によると、本件コマーシャル放映契約は、平成二年七月三日解除によつて終了したものというべきであるから、その余の主張について判断するまでもなく、右契約の履行を求める本件請求は認められない。
よつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 滝口 功 裁判官 石井忠雄 裁判官 浜谷由紀)